6/13追記:訳語を一部変更しました。
conversational media:対話メディア→カンバセーショナルメディア
conversation:対話→会話
---------------------------
<-----------ここから訳文------------------>
このアイディアをさらに先に進めたのが次に紹介する事例だ。DiceというIT系のジョブボード(求人情報の掲示板)がある。たいていの人は、どこかのITサイトでDiceの広告を目にしたことがあるだろう。Diceの代理店は「Diceラントバナー」というカンバセーショナルマーケティングのすばらしい例を考案した(訳注:rantはわめく、怒鳴るの意。バナーに記入欄があり、文字を書き込めるようになっている)。このバナーは読者を単に別のサイトに誘導するのではなく、バナーへの書き込みを呼びかけるものだった(Diceバナーの最初の質問は「今のITの仕事にうんざりしていますか?」だった。読者の答えは容易に想像できるはずだ・・・)。
バナーに自分の考えを打ち込むと、それがそのまま広告のコンテンツになる。クールだ。このコンテンツはローカルに保存された後、セントラルサーバに送られ、わいせつな文言や性的な表現を取り除いた後(人間のやることはいつでも変わらない)、ストリーミングコンテンツのフィードという形ですべてのバナーに再配信される。会話がマーケティングとなり、メディアがメッセージとなる--この広告は会話を新しいレベルに引き上げることに成功した。Diceバナーは大反響を呼んだ。バナーでの平均インタラクション時間は7分を超え、IT系のニュースサイトやブログでの平均滞在時間を大幅に上回った(後にDiceバナーは業界誌の賞を受賞した)。
Diceバナーは潜在顧客を会話に招き、メディア経験に付加価値をつけ、その会話をもとに、さらに別の顧客を会話に誘うという好循環を生み出すことで、DiceをIT人材を獲得するための最良の場所と位置付けようとする試みだった。バナーに意見を打ち込んだIT技術者が転職を考えていたとしたら、どのサイトを見に行くだろうか?
Diceバナーのアイディアをさらに推し進めたのがSymantecの事例だ。ご存じの通り、Symantecはウィルス検知・セキュリティソフトウェアのベンダーとして知られている。Symantecのマーケティング幹部はブログの台頭、特にテクノロジー系ブログが自社の市場で明白な影響力を持ち始めていることに注目していた。多くのIT企業と同じように、Symantecもブログを立ち上げることを決め、多くの技術系ブログに広告を出して、ブログの存在を告知した。
すると奇妙なことが起きた。Symantecブログの内容は明快で、知的なものだった。このブログは業界を対象としたもので、認知度は徐々に高まっていた。ある時、Symantecブログに「Mac OS X:ウィルスとセキュリティ」という題名の記事が投稿された。簡単に言うと、この記事はMac OS Xを狙ったウィルスはほとんど見つけられないと述べていた。ウィルス対策ソフトウェアの会社としては、ずいぶん率直な意見である。逆のことを言った方が商売上ははるかにメリットがある。この記事はただちにDiggされ、ITコミュニティでのSymantecブログの知名度は飛躍的に高まった。Diggの投稿のサブタイトルがすべてを語っている。「ついにSymantecの内部から率直な意見が聞こえ始めた」。少なくとも一部のDiggユーザーの間では、Symantecが変わりつつという認識が生まれた。
Symantecはここで満足しなかった。自分たちがITブログスフィアでの会話に招かれたことに気づくと、SymantecはFMのチームと協力して、SymantecブログからRSSフィードを自動的に取得する広告を開発した。ブログの新着情報をマーケティングキャンペーンに反映させることで、Symantecは新たに数百万人の読者に到達することに成功した。
数字にも変化が現れた。一般的なバナー広告ではCTR(クリックスルーレート)は時間と共に低下する。広告をクリックする可能性のある読者は、広告期間の初期にクリックをするからだ。キャンペーンが終わる頃には読者は広告のクリエイティブに飽きてしまい、何のアクションも起こさなくなる。しかし、この広告ではブログに記事が投稿されるたびにクリエイティブが変わったので、CTRは時間がたっても高い水準を維持した。興味深い!
最後にCiscoの例を紹介しよう。IT企業の例が続いているが、マーケティングの世界ではIT企業が新しい領域を開拓するケースが多いように思う。もちろん、FMはNikeやAbsolutといったIT系以外の企業でもこうした広告を展開している。
Ciscoはその年の秋に大規模なブランディングキャンペーンを予定していた。キャッチコピーは「ザ・ヒューマンネットワーク(The Human Network)」だ。しかし、Ciscoは全国放送のテレビや全国紙・雑誌に大金をばらまいて、「空の容れ物」、つまりヒューマンネットワークという新しいブランドを喧伝する前に、何人かの技術リーダーとヒューマンネットワークというコンセプトが意味するものを話し合うことにした。CiscoとFMは10人の著名なIT系ブロガー(私もそのひとりだった)の協力を得て、この言葉を定義するサイトを立ち上げた。Ciscoは議論にも参加し、自分たちが考えるヒューマンネットワークの定義をWikia(Wikipediaの商用版)に投稿した。もちろん、Ciscoはこの言葉をWikipediaに投稿したかっただろう。しかし、それは企業スパムであって、クールなやり方ではない。Wikiaが最良の場所だった。
続いて、Ciscoは各ブログ専用の広告を作り、ヒューマンネットワークのサイトにアクセスして、一番いいと思う定義に投票してほしいとブログの読者に呼びかけた。投票には大勢の人が参加し(NewsvineのMike Davidsonの定義が最高票を獲得した)、このサイトと関連ページはヒューマンネットワークを象徴する存在となった。手短に言えば、このサイトはヒューマンネットワークの意味をめぐる会話であり、この会話が「ヒューマンネットワーク」という「空の容れ物」を満たす文脈になった。
その後、Ciscoは大規模なメディアキャンペーンを展開した。TVCMを見た人も多いだろう。このキャンペーンはひとつ、厳密にはふたつの奇妙な現象をもたらした。PGAゴルフを観ていた人が、Ciscoの広告を目にしたとしよう。ヒューマンネットワークとは何だろうと考えた視聴者は、次にどう行動するだろうか。
もちろん、Googleにアクセスし、「ヒューマンネットワーク」あるいはその類の言葉を入力するはずだ。するとCiscoのカンバセーショナルメディアサイトが表示される。少なくとも、それがキャンペーンの最初の月に起きたことだった。しばらくすると別のことが起きた。誰かがこの言葉をWikipediaに登録し、それが公開されたのだ。つまり、ブロガーとオーディエンスを議論に巻き込んだことにより、この言葉は単なる企業のマーケティングコピーではなく、一般的な意味を持つようになったのである(Chas Edwardsのサイトも参照してほしい。Chasのサイトはこのテーマに関する洞察に満ちている。ChasはFMのパートナー*でもある…)。*訳注:FMのCRO (Chief Revenue Officer) and Publisher
ふぅ。やっとここまで来た。ここに書かれていることは私の個人的な意見にすぎない。つらつらと事例を並べただけで、具体的な結論があるわけでもない。しかし、これらの事例は偶然の産物ではないと感じている。本物の変化が起きているのだ。従来の広告手法(「近日ロードショー!」「新車・新製品を今すぐチェック!」といった広告)が効果を失ったわけではないが、メッセージを届けたい相手と会話をするという選択肢が登場したことにマーケターたちは気づきはじめている。この新しい選択肢は、すべての関係者にすばらしい経験をもたらす可能性を秘めている。たとえば、ブランドは自社に対するもっともな批判を知り、顧客との会話を通して、こうした批判に対処する機会を得ることができるかもしれない。顧客は製品開発に参加し、疑問点を尋ね、より多くのことを学ぶ機会――つまり、会話の機会を得ることができるかもしれない。
つまるところ、企業やブランドがすべきこととは、顧客との会話に尽きるのではないか?
この記事を書き始めてから、かれこれ6時間近くになる。過去に長めの記事を書いた時にも書いたことだが、ここまで私の記事につきあってくれた人は表彰に値する(この記事は4100ワード、おそらく過去最長記録だ)。さて、バーボンでもひっかけて週末を迎えることにしよう。このテーマについては――特にカンバセーショナルメディアと、私が検索ユーザーインターフェースの次のフレームワークになると考えているものとの関係性については--まだ言いたいことが山ほどある。しかし、ひとまずはここで区切りをつけよう。読んでくれてありがとう。よかったらコメントを残してほしい。いただいた意見をもとに、新しい会話を始めることができるかもしれない・・・
追伸:そう、この話には先がある。ここまで読んでくれたハードコアな読者のためにちょっとお知らせ。私の次の本の仮題は「The Conversation Economy(カンバセーションエコノミー)」だ・・・
<-----------訳文ここまで------------------>
原文:Conversational Marketing: PGM v. CM, Part 3 (from Searchblog, by John Battelle)